読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

想像の幻想論

様々な思考の束

書ける人ってすごい

デスネ。古代中世、もしくは現代でも文字を書けるところまでいくのは一握りの人間だけです。日本は識字率がとりわけ高い国なので、みんな話せて読めて書けるものだという幻想を抱いてますが、政情が安定しないなどの理由で普通教育ができてない国などはざらにあります。まあ、タイトルは文字を書けるのがすごいという意味ではありません。文章、筋道だった長くテンポが良く含蓄ある文章を書ける人がすごいということです。

長い文章を書ける人なんてそういません。図書館とか行くと恵まれた一握りの天才たちが書いた、長い長い優れた内容の本がドサドサあるので錯覚しがちですが。みなさん、学校の作文は好きでしたか?小論文は?レポートは?エントリーシートは?そういうことです。最近は長い文章を書けるだけで尊敬してしまいます。長い文章を書いてそれを出版ラインに乗っけるだけの名声も憧れますね。つまり単著書きたい。

みなさんのところはどうか分かりませんが、私の大学では「編著や論文集はクソ、とにかく単著読めやクソども」という教育を受けました。そして、ある程度それは正しかったと思います。編著だと誰の考えかよく分からなくなる、論文はパラ見するのにはいいが本腰入れるには短すぎる。短すぎる、というのはとりわけ問題です。レポートを書こうと思ったら、書きたいことの1/10も書けなかったということはありませんか?やはり、分厚く人を殺せそうな本ぐらいになると、自分の考えを網羅できて、自由に展開できるのです。そして、書くことにより著者の考えは体系立てられ、自己反省され、洗練されていくのです。まあ、だからといって聖書読むなとは言いません。(聖書は無料でもらえる対訳付きの薄いのではなく、旧約続編付きの分厚いやつhttps://www.amazon.co.jp/dp/4820212435 を買い、巻末の新訳から旧約への引照を引きながら読むことをオススメします)

単純に単著を書けるだけの人は、それだけ学界で影響力を持っているということであり、信頼できるというのもあります。新書なんかは結構若手が出したりでアレでしたが、最近は重鎮とも言える先生方も出すので侮れません。新書は新書で、一般教養の授業を一コマ受けるのと同じだけの効果はあると思いますが(実際、新書だと学生が買うからという理由で大学の文系の授業の教科書は大体新書です)、やはり分厚い本を腰を入れて読むのは確かな実力に繋がっていきます。では、何を読めばいいのか?まず、お近くのマンモス大学の生協にもぐります。気になる本を買います(買えない場合はスマホで表紙の写真を撮って後でamazon様で買います)。小説じゃない方がいいでしょう。それだけです。特に学期始まりだと、教科書として使われる本が積んであるので、適当にバイキングすればいいでしょう。もしくは教科書目録だけ貰ってくるとか。やはり、学界の最前線に立つ人たちが選んだ本を読むというのは大いに意義があることだと思います。

書く話だったのに、読む話になってしまいました。いえ、まあ、書くときも「もっと参考文献増やせ!」とか言われるので、結局どれだけ読んでどれだけまとめられたのかという問題になりがちなんですがね。特に文系ならまずは適当に新書を読んでれば、そのうち読むべき本が分かってくるのではないかと思われます。理系?おいしいんですか?それ。では、ここまで。