想像の幻想論

様々な思考の束

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B・アンダーソンにおけるナショナリズム概念について。

〇国民(nationality)の定義について

 アンダーソンは、まず、「国民とはイメージとして心の中に描かれた想像の政治共同体である」という定義を与える。それに補足する定義として、「国民は限られたものとして想像される」「国民は主権的なものとして想像される」「国民は一つの共同体として想像される」と付け加える。

〇出版資本主義

 アンダーソンは商品としての出版物の発展、出版資本主義が、国民という想像の共同体の成立に極めて重要な役割を果たしたと主張する。また、アンダーソンは、十八世紀ヨーロッパに誕生した小説と新聞という二つの想像の様式こそが、国民という想像の共同体の性質を「表示」する技術的手段を提供した、と言う。小説と新聞は、時計や暦によって計られる、時間上の偶然を結びつける同時性の概念(それが同時に起こった出来事であるという了解)を作り出した。ここで注意しておきたいのは、行政文書が俗語(ラテン語以外の、中世には文語となることがなかったフランス語など)で書かれるようになる過程において、なんらイデオロギー的衝動や、プロト・ナショナルな衝動など存在しなかったということであり、商品としての出版物の発展はあくまで資本主義の市場追及に突き動かされた出来事だということである。

〇概念化・モデル化されたナショナリズム

 アメリカ大陸における国民解放運動のあとに生まれた、ヨーロッパにおける「新しい」ナショナリズム(アンダーソンはヨーロッパより以前にアメリカにおいてナショナリズムが生まれていると主張する)について、アメリカのナショナリズムと異なる点が二つあると言う。一つは、「国民的出版語」が政治的に重要な役割をになったこと。もう一つは、これら新しいナショナリズムがすべて遠くの、フランス革命以後はもっと近くの例をモデルとすることができたという点である。

〇公定ナショナリズム

 公定ナショナリズムとは、シートンワトソンが提唱した概念で、国民と王朝帝国の意図的(この意図とは支配者の一方的な意図である)合同である。「公定ナショナリズムは、共同体が国民的に想像されるようになるにしたがって、その周辺においやられるか、そこから排除されるかの脅威に直面した支配集団が、予防措置として採用する戦略なのだ」。日本は公定ナショナリズムという戦略がとられた国の一つであるとアンダーソンは言う。

〇歴史の天使

 アンダーソンは革命とナショナリズムと「双子の概念」だとする。つまり、革命と同時にナショナリズムは生み出されるということである。このナショナリズムは公定ナショナリズムである。なぜなら、革命が成功するためには、結局「革命を計画し」「国民を想像する」ことが必要だからである。このとき、国民を想像する主体は革命家である。革命家は国家を破壊するのではなく、それを相続するのだ。(1173字)